きない悦ばしさだつた。
思はず時間がたつてしまつた。房一は腰を上げた。前脚の上に顎をのせて長々と寝そべつてゐた犬は急に起き上つて身ぶるひした。徳次は、房一の往診の時間を大分遅らせたのにやつと気づいた。
「すまんでしたな、長話をして」
「いや、そのうち又ゆつくり話さう」
さう云ふ房一の前に立つて、徳次は子供が手いたづらをするのとそつくりな様子で傍にひよろ長く生えてゐた草を片手で※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》りとり、口にくはへた。さつきはじめて傍へ近よつたときのやうに、彼の顔は又紅らみどこか力んでゐる表情を浮かべながら、口のあたりをもごもごさせた。
房一は向ふへ行きかけた。徳次はさつきから云はうとしてまだ云ひ出せずにゐることがあつた。それに何と呼びかけていゝかも判らない。房一の姿は段々遠のく。突然、徳次は散々思ひ屈した後に出るあの大胆さで大声に叫んだ。
「先生!」
それは初めて口に出す言葉だつた。
房一はふりかへつた。
「今晩、寄せてもらつてもえゝですか」
房一は目顔で笑ひながら何度もうなづいた。やつと安心したやうに、徳次はしばらく見送つてゐた後で、大股
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