んただつた」
そして、少し横手に身をひきながら、しげしげと房一を眺めた。感慨無量、と云つた態《てい》であつた。
房一も口少なに、親しげに徳次を見まもつてゐた。子供の時とちつとも変りのない、きよろんとした大きな落ちつきのない眼、気短かさうな筋の立つた前額、うまく口のきけない、話すたびに何かにひつかゝつたやうな動きをする口もと、――それらは何もかも昔のまゝだつた。いや、それらの顔形は部分的には子供時分のものとはかなりにちがつてゐた。だが、目に入る顔形のそれぞれは、悉く何かしら思ひ出をよび起すものであり、それによつて顔形の奥の方に在るもの、かんしやく持ちで、へうきんで、人の好い徳次といふ子供を、その魂といつたやうなものを、ありありと浮び出させるのだつた。馴染深い、気の許せる、ふしぎな心の温味。
これは房一が河原町に帰つて以来、はじめて感じたものだつた。すでに、路上から徳次の姿を見つけたとき、房一はこの男をすつかり忘れてゐたのを後悔してゐた。
「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」
すると、徳次はびつくりしたやうな眼で房一を見やつた。
「いゝえ、なんの。おれ
前へ
次へ
全281ページ中105ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング