ャンハイ》――ちょうど五三事件の記念日とかで、城内には朝から不穏の気あり。果して共産党の小暴動随処に乱発。散策、買物の後、南京《ナンキン》路で精進料理を試み、自余の時間は、街上に船中に、ひたすら麻雀売りの撃退に専念す。
 それから神戸――とうとう日本へ帰りました。その証拠には、この満目のKIMONOです。女の帯です。とたん屋根の大洋です。耳を聾する下駄の音です。ぺんき塗り看板の陳列会です。電信柱の深林です。そして、小さく突っ掛るような日本語の発音です。
 倫敦《ロンドン》を外套で出て、日本へ着いてみると初夏の六月だ。
 長い「海のモザイク」だった。
 がたん・がたん――と、まだ機関の音が耳についてるようだ。
 私たちも、今度こそはここに落ちついていられるのかしら? もう汽車を掴まえて旅に出なくてもいいのかしら?――しきりにそんな気がしている。
 神戸に二日休んだのち、間もなく私達は、上りの特急の窓から、約一年半前に別れた風物に異常な感激をもって接している自分たちを発見した。
 はるばるも帰り来しものかな――やがて亜細亜《アジア》のメトロポリスへ、汽車は走り込むのだ。半球の旅のおわりと、
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