至る十日十六時四十分の紅海横断。この間、三三九六|浬《カイル》。
 甲板|洋灯《ランプ》の無礼な光線が、私を熟睡から引き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》った。水夫たちが朝早くデッキを洗っている。で、また眠りかけようとしていると、ただならない跫音が廊下を走って階段に上下した。声がする。
『コロンボ!』
 水をかぶったように、私は寝台を撥《は》ね降りた。そして、パジャマに上履きを突っかけたまま、どうしてこう陸地の片影さえもが恋しいのだろうと自分で不思議に思いながら、船室を飛び出して上甲板に立った。
 まだ、空気はひやり[#「ひやり」に傍点]として薄暗い。
 近くの海面を緑と白の灯を長く引いて、大きな帆前船が滑って行く。海岸の突起物は灯台だ。セイロン島である。
 とても、じっ[#「じっ」に傍点]としてはいられない奇妙な感激だ。やたらに甲板を歩き廻る。東の水平線は薔薇色に明けかかって、猛烈な速力で陽が昇るものだから、うしろに、まだ闇黒の固形が山のように聳《そび》えているうちに、全海面が火山口のように燃えて、雲は紫に色どられ、椰子に囲まれたコロンボの町が私の眼前に伸び上って
前へ 次へ
全59ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング