、そこを占めるものは、男も女も同じ服装で傾斜を転がる笑い声であり、濡れて上気した女の頬であり、皮革《かわ》類と女の汗の乾く臭いであり、誰でもとの交友と・ダンスと・カクテルパアティと・スキイの遠出と・夜ふけのホテルとであり――だから、男振り自慢の巴里《パリー》の床屋は、外見を急造して大ホテルへ乗り込み、「美術家」と自己登録していることであろうし、港の運送屋は貿易商と、ピアノ運搬人は音楽批評家と、安芝居の道具方は舞台装置家と、帽子の売子嬢は「頭部の専門家《スペシャリスト》」と、自費出版の未亡人は詩人と、街路掃除夫は社会改良家と、踊り子は「舞踊家」と、郵便脚夫は「官吏」と、機関手は運輸業と、給仕は会社員と、売笑婦は「独立生計《インデペンデント・ミインズ》」と、銘々その花文字のようなホテルの台帳の署名と一しょに、こういう触れこみで押し廻っているかも知れないのだ、The White Carnival !−−St. Moritz !

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「真逆《まさか》あなたは、この一つの修辞的方程式に盲目であっていいとは仰言《おっしゃ》いますまいね。というのは、聖《サン》モリッツの雪は、近代の恋愛
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