チている彼だった。その彼へ、彼女はときどき薄っぺらな笑いの切片を与えているだけにしか、私たちの眼には見えなかったが、それでも、ロジェル・エ・ギャレは満足以上の様子だった。雪解けがあったりして、スポウツに出られない日がつづくと、彼はもっと忙しかった。ナニイのブリッジの相手はこの希臘《ギリシャ》人に一定していた。お茶の舞踏には、火の玉みたいな彼女の断髪が、彼の短衣《チョッキ》の胸にへばり附いて、仲よくチャアルストンした。彼はその、上から二つ目の扣鈕《ボタン》の横に残った白粉《おしろい》のあとを、長いこと消さずにいた。それを人に注意されて笑う時の彼が、一番幸福そうだった。夜は、人並よりすこし長い彼の手が、フロックの下に直ぐ靴下吊具《サスペンダア》をしている彼女の腰を抱えてふらふら[#「ふらふら」に傍点]と「|黒い底《ブラック・バタム》」を踏んだ。しかし、|神よ王様を助け給え《ガッド・セイヴ・ゼ・キング》が鳴り出す前に、ナタリイは逸早く逃げ出していた。それを追っかけて、ロジェル・エ・ギャレはホテルじゅうを疾走した。会う人ごとに、彼女を見かけなかったかと訊くのが、彼は大好きだった。が、その時はも
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