CとNANだ。で、母親のケニンガム夫人は、このふたつの名前をいろいろに使って、それで娘を馴致《じゅんち》しようと心がけていた。言うまでもなく、ケニンガムは倫敦《ロンドン》から来ている家族である。
 さて、この物語のはじめに、僕は、主人公のロジェル・エ・ギャレは漠然と結婚の相手を探しあぐんで、この瑞西《スイツル》山中の聖《サン》モリッツまで辿り登って来たのだと説明したように覚えているが、この漠然というところを、僕はいま、急に改めなければならない必要に面しているのだ。それは彼が、自分はナタリイ・ケニンガムに恋を感じていると、僕に打ち明けたからである。
 ナタリイ・ケニンガムは、ベンジンのように火のつき易き性質だった。彼女は、片っぽうの眼で泣いて、ほかの眼で笑うことが出来た。お茶を飲みながら、食堂の真ん中で靴下を直した。晩餐には、アフタアヌウンの上へ真黄いろなジャンパアを引っかけて出席した。そして、それを笑う人と一しょに笑った。食後は、小刀《ナイフ》をくわえて西班牙《スペイン》だんすを踊った。昼は真赤なPULL・OVERでスキイに出かけた。というよりも、それは雪の上を転がるためだった。ころぶ
前へ 次へ
全66ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング