セけで、ペエストリやなんかは自分で立って行って取って来なければならない。これを知らない外国人などがよく魔誤《まご》ついているのを見かけたものだ。
 言葉は、主として仏蘭西《フランス》語と独逸《ドイツ》語だ。伊太利《イタリー》語も、南部の国境地方ではかなり通用するらしい。饒舌《しゃべ》っている瑞西《スイツル》語なるものを聞くと、ずいぶんよく独逸語に似ているけれど、字を見ると違う。ロマンシュといった瑞西《スイツル》特有の言葉は、この頃ではほとんど使われていないらしい。
 しかし、まあ、どこへ行ってもそうであるように、都会の相当なホテルにいる以上、英語ですべて用が足りることは勿論だ。事実、聞くところによると、瑞西《スイツル》のホテルの給仕人や、チェンバア・メエドは、かならず英語の勉強に交代の倫敦《ロンドン》へ出て来るのだそうだ。だから、英語だけで立派に日常の用が弁ずるのに、不思議はなかった。
 これは何も瑞西《スイツル》に限ったことはないが、方々歩いていて言語に困った時は、そこはよくしたもので、思わない智恵が浮んで来る。たいがいのことが、人間同志の微妙な表情で、どうやら相互に理解がつくから妙
前へ 次へ
全66ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング