痰チて、階段の手すりを撫でながら寝室を志した。彼らの跫音《あしおと》によって、古い樫材で腰板を張った壁が鳴った。天井は、|お休み《グッド・ナイト》・|お休み《グッド・ナイト》という口々の音を反響して暗く笑った」というところだが、とにかく、ドクタアは自分の部屋を探し当てて寝支度にかかった。燕尾服の直ぐあとで、パジャマのゆるやかさは殊に歓迎された。彼は、医師だけに空気の流通を思って、窓と廊下の戸をすこし開けたまま、灯を消してベッドに這い上った。
そして、暫らくうとうと[#「うとうと」に傍点]した。が、彼の浅い眠りは、間もなく、しきりに軽く彼の肩を突つく柔かい手で破られた。
ぼうっとほの[#「ほの」に傍点]白いものが、寝台の横に立っている。
薄桃色の裾長な絹を引っかけた女の姿だった――なんかと勿体ぶらずに、手っ取早く「|豆をこぼして《スピル・ゼ・ビインズ》」しまうと、要するに、こうだ。
女は、その日の午後、はじめてドクタアに紹介されたばかりの、倫敦《ロンドン》の知名な実業家の娘で、しかも、父母や兄弟と一緒にこのW・Eに来ているのだった。
その彼女が、深夜、独り寝のドクタアの室《へや
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