tへ扉《ドア》の隙間から流れ込んできたのである。
 誰かが急病!――と、咄嗟《とっさ》の職業的意識に狼狽《あわて》て撥《は》ね起きたドクタアと、今にも彼のベッドへ這入りこみそうな彼女とは、早速こんな低声《こごえ》のやりとり[#「やりとり」に傍点]を開始した。
『何です? どうしたんです? 何か起ったんですか。』
『ええ。いいえ、あたし、あんまり足が冷たいもんですから――。』
『足――?』
 善良なドクタアが愕《おどろ》いてるうちに、彼女は容赦なく割り込んで来てしまった。だから、このあとは、まるで夫婦のように、暗い寝室のBEDのなかでの問答なのである。
『困りますなあ。出て行って下さい。後生《ごしょう》ですから。』
 ドクタアは、出来るだけ遠くの端に硬直して嘆願したことだろう。
『あら! なぜそう「大戦以前」でいらっしゃいますの?』
 彼女は心から無邪気に笑った。
『いいじゃあありませんか。あたしのほうから来たんですもの――そして、うちの人にもお友達にも、あたしが押しかけたのですとその通り言いますから。そうすると、みんないつだって喜んでいます。』
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昨夜《ゆうべ》あ
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