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 ナタリイ・ケニンガムは、二つの愛称を所有していた。ナニイとNANだ。だかち、母親のケニンガム夫人は、この二個の名をいろいろに使って、娘を馴《な》らそうと努力していた。言うまでもなく、ケニンガムは倫敦《ロンドン》から来ている母子《おやこ》である。
 粉末雪――この、軽い、塵埃《じんあい》状の雪は、スキイには持って来いだ。一ばん愉快な滑走が得られる。初心者が方向転換の稽古をするにも、この種の雪に限る。スキイの平行運動に強い粘着力が加わって、それが走者の体重にちょうどいい足場を与えるから――欧洲大戦後の都会での二十歳代の恋に似ている。それは、大学の芝生で、街頭《プロムナアド》で、キャフェで、その他あらゆる近代的設備の場所で、降るともなく積もるともなく飛び交す、塵埃《ごみ》のように素早い視線の雪だ。一番自由な、無責任な滑走が得られる。初心者が方向転換の稽古をするにも、この種の遊戯のうちに限る。恋の散歩の平行運動に快い粘着力が感じられて、そして、それがそのまま、彼または彼女の反撥を助けるから。
 柔かい雪――つもるばかりで固まらない雪。ちょっと見ると莫迦に有望なだけ、スキイには大敵だ。
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