フ地均《じなら》し時代の階梯においてのみ、究極は離れなければならない運命のインテリゲンツィヤと労農階級も、楽しく共同の作業を進めることが出来るのである。
この種の闘士は、国境と人種と形式を超えて親密に相識だ。私たちは、巴里《パリー》で倫敦《ロンドン》で伯林《ベルリン》で、ストックホルムで、羅馬《ローマ》で、そして聖《サン》モリッツで、これらのたくさんの未知の青年男女を街上の知人にもったことを誇っている。
|若い人たち《ヤンガ・ジェネレイション》のあいだにおける性道徳の衰退――なんかとリンゼイ判事あたりが慨世的に噪《はしゃ》ぎ立ててるうちに、英吉利《イギリス》では、早《は》や一つの新戦法が発明されて、どんどん[#「どんどん」に傍点]実用に供されている。それは婚約という古い習慣を応用した逆手である。つまり、婚約者同志なら何をしようと勝手だろうというんで、はじめから相互に結婚の意思なく、盛んに婚約の成立を宣言しては、矢継ぎ早やに取消すのだ。そしてその婚約の期間中、ふたりは準夫婦というより純夫婦のごとく振舞い、また、社会もそう受け入れざるを得ないことを、彼らはよく承知している。これは、今後も当分効果のある新手《あらて》として目下大流行である。何しろ、婚約者だというんだから老年の「支配階級」も手が出ない。そこで、婚約しては破り、婚約しては破り――この「性道徳の衰退」から一個のあらたな性道徳が生れようとさえしている。もっとも、これは離婚という父母達の遊戯を、息子やむすめが忠実に真似し出したところから来ているのかも知れないが――「性の欧羅巴《ヨーロッパ》」はどこへ往きつくか。現行諸制度の社会的権威が、そろそろこの辺から崩れかけたのではあるまいか。とにかく英吉利《イギリス》では「結婚を目的としない婚約」が性道徳の破壊行為として八釜《やかま》しく論じられ、一方には、それほどの問題となるまでに、若い男女間に広く実行されている。霧の白いハイド・パアクの隅で、頭の上で高架線の唸《うな》るガアドの暗黒で、何と夥しい「婚約者」の群が痛快に性道徳を衰退させていることだろう! そして、婚約者のすることだから、誰も文句は言えない! 黙って、見ずに、さっさと通り過ぎて行く――。
ところで、ナタリイ・ケニンガムは二つの愛称を所有していた。ナニイとNANだ。で、母親のケニンガム夫人は、その二個の名前をいろいろに使うことによって、何とかして「大戦後の娘」の信頼をつなぎ止《とど》めて置こうと、それはそれは惨めな努力を続けていた。言うまでもなく、このケニンガムは、倫敦《ロンドン》から来て、サン・モリッツのオテル・ボオ・リヴァジュに、私達やロジェル・エ・ギャレと朝夕顔を合わして滞在してるのだった。
今までの場面がすべて倫敦《ロンドン》なのでも判るように、こういうことにかけては、見かけによらず、英吉利《イギリス》のほうがよほど突進的で、したがって事件に富んでいる。仏蘭西《フランス》は、これから見ると、柄になくおとなしい。一たい巴里《パリー》人なんかでも、一般に想定されてるとは正反対に、極く伝習的な、着実な人間なんだが、それが地方へ出ると一層古めかしくて、ふらんすの田舎では、いまだに半職業的な媒妁人《マッチ・メエカア》が、たいがい一村にひとりぐらいいて、世界的に有名な日本のMIAIに似た結婚方法を司っている。
『ベギュル・ヌウという鬼《ポウギ》を御存じですか。』
近くに椅子を寄せて私の妻と話し込んでいる、ロジェル・エ・ギャレの知人――ホテルでの――だという三十前後の仏蘭西女の声だった。
先刻から何かしきりに妻と問答していたのだ。
私とロジェル・エ・ギャレは、言葉を中止して、二人とも仏蘭西語の方へ注意を向けた。そして、非常に疲れた人のように正面を見詰めたまま、その話を聴き取ろうと静かにした。私たちの話題がそっちへ伝染して行って、妻と彼女も、結婚を中心とする雑談を始めていた。それがこの仏蘭西《フランス》の女に、自分の結婚を思い出させたのだった。
彼女は言った。
『私は、ブリタニイのカルナク――あの「石の兵士」に近い村で、お祖母《ばあ》さん一人の手で育てられたのです。カルナクは、荒れた野のうえに一|哩《マイル》以上もの大石垣が走っていて、地球の若かった頃を思わせる伝説の部落です。そして、そこの酒場は影のような人々で一ぱいですし、その人々はまた、土の香《かおり》と官能の夢しか何ひとつ持ち合せがないのです。このカルナクの部落で、私と祖母は、鶏と兎を飼って暮らしました。祖母は、誰にでもすこし気が変だと思われていました。幾つぐらいでしたろう? 顔に千三十八の皺《しわ》があって、顎髯《あごひげ》が生えていました。』
5
『子供達はその顎髯を怖がって、祖母が市場へ買
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