O《そ》れるし、それに、どうもすこし説明に困るから、まあ、ここじゃあ止《よ》しとこう。それよりも、今いったロジェル・エ・ギャレの友達の医者《ドクタア》なる人の経験だが、こういう次第だから、彼が、ある week−end に出入りの有力な病家に招待されてその|田舎の会《カントリイ・パアティ》の客となったとき、そこに、一体どんなに大々的な歓楽の無政府状態が彼を待ち構えていたかは、つぎのような一つの実話が発生しただけでも、それはより[#「より」に傍点]容易に想像されようと思う――。
 ちょっと語を切って、ロジェル・エ・ギャレは背後の音波に身を浸した。
[#ここから2字下げ]
Was it a dream ?
Say, was it a dream ―― ?
[#ここで字下げ終わり]
 で、僕も章《チャプタア》を更《か》える。

     4

 土曜日の夜、というよりも、もう日曜の朝だった。ダンスがこわれて、ドクタアは、与えられた階上の寝室へあがって行った。こういう家は、泊りがけの客を考えて、まるでINNのように建てられてあるのが常だ。だから、これが小説だと、「みんな一本ずつ蝋燭《ろうそく》を貰って、階段の手すりを撫でながら寝室を志した。彼らの跫音《あしおと》によって、古い樫材で腰板を張った壁が鳴った。天井は、|お休み《グッド・ナイト》・|お休み《グッド・ナイト》という口々の音を反響して暗く笑った」というところだが、とにかく、ドクタアは自分の部屋を探し当てて寝支度にかかった。燕尾服の直ぐあとで、パジャマのゆるやかさは殊に歓迎された。彼は、医師だけに空気の流通を思って、窓と廊下の戸をすこし開けたまま、灯を消してベッドに這い上った。
 そして、暫らくうとうと[#「うとうと」に傍点]した。が、彼の浅い眠りは、間もなく、しきりに軽く彼の肩を突つく柔かい手で破られた。
 ぼうっとほの[#「ほの」に傍点]白いものが、寝台の横に立っている。
 薄桃色の裾長な絹を引っかけた女の姿だった――なんかと勿体ぶらずに、手っ取早く「|豆をこぼして《スピル・ゼ・ビインズ》」しまうと、要するに、こうだ。
 女は、その日の午後、はじめてドクタアに紹介されたばかりの、倫敦《ロンドン》の知名な実業家の娘で、しかも、父母や兄弟と一緒にこのW・Eに来ているのだった。
 その彼女が、深夜、独り寝のドクタアの室《へや》へ扉《ドア》の隙間から流れ込んできたのである。
 誰かが急病!――と、咄嗟《とっさ》の職業的意識に狼狽《あわて》て撥《は》ね起きたドクタアと、今にも彼のベッドへ這入りこみそうな彼女とは、早速こんな低声《こごえ》のやりとり[#「やりとり」に傍点]を開始した。
『何です? どうしたんです? 何か起ったんですか。』
『ええ。いいえ、あたし、あんまり足が冷たいもんですから――。』
『足――?』
 善良なドクタアが愕《おどろ》いてるうちに、彼女は容赦なく割り込んで来てしまった。だから、このあとは、まるで夫婦のように、暗い寝室のBEDのなかでの問答なのである。
『困りますなあ。出て行って下さい。後生《ごしょう》ですから。』
 ドクタアは、出来るだけ遠くの端に硬直して嘆願したことだろう。
『あら! なぜそう「大戦以前」でいらっしゃいますの?』
 彼女は心から無邪気に笑った。
『いいじゃあありませんか。あたしのほうから来たんですもの――そして、うちの人にもお友達にも、あたしが押しかけたのですとその通り言いますから。そうすると、みんないつだって喜んでいます。』
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昨夜《ゆうべ》あなたは僕の腕の中にあった。
僕の腕はまだその感触でしびれてる!
おお、それなのに夢だなんて!
Say, was it a dream ?
Was it a drea――m ?!
[#ここで字下げ終わり]
 ――というロジェル・エ・ギャレのはなしなんですが、いかがです、お気に召しましたか。
 すべての古いものは、その古いが故に、それだけで価値を失ってしまった。今日では、それはすでに無智であり、罪悪でしかない。私達は、まずこの機械と工業の心もちにぴったり当てはまる、新しい生活上の規約を要求して真剣だ。これは、現在の欧羅巴《ヨーロッパ》に充満する一つの時代情緒である。それほどどこにでも、誰の胸にも強く感じられるのだ。だから、多数の「次世紀」の少年少女達が喚声を上げて旧道徳への突撃を開始している。彼らは、かつて「しべりあで新しい宗教が発掘」されたように、いま自分達の身辺に、全然あたらしい美醜と善悪と大小の標準を査定しようと焦《あせ》っているのだ。それには|母の大地《マザア・アウス》を掘り下げるように、じっさい大地ほども根づよい既成観念のことごとくを滅茶々々に破壊する戦争行為が第一だ。そして、こ
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