けだが、――聖《サン》モリッツ中の異性の嗅覚を陶酔させようとTRYしていたことも、要するに、ロジェル・エ・ギャレという存在は、或いは彼自身の饒舌により、または、私の作家的観察眼で、ほとんど全部、私は、摘《つま》み上げて、蒐集して、分類して、ちゃんと整理が出来上っているのである。
 では、何だってここに希臘《ギリシャ》の一青年武官をこんなに問題にしているのか――と言うと、理由は簡単だ。この物語は、かれロジェル&ギャレを主人公とし、私を傍観者とする、瑞西《スイツル》の山中サン・モリッツの|冬の盛り場《ウィンタ・レゾルト》における、一近代的悲歌劇の筋書《シノプセス》だからである。
 私は、主役の希臘《ギリシャ》人に関して既に多くを語った。
 が、話の性質を決定する必要上、忘れないうちに、ここに前もってひとつ、断って置かなければならないことがあるのだ。
 それは、このロジェル・エ・ギャレは、ウィンタア・スポウツを自分で享楽すべく聖《サン》モリッツへ来ているのでもなければ、そうかと言って、ただ騒ぎを見物するために滞在しているのでもないという不思議な一事だ。じゃあ何しに?――となると、これがどうもよほど変ってるんだが、彼自身そっ[#「そっ」に傍点]と私に告白したんだから間違いはあるまい。ロジェル・エ・ギャレは、実に漠然と結婚の相手を探しあぐんで、とうとうこの瑞西《スイツル》の山奥の冬季社交植民地まで辿り登って来たというのである。
 とにかく、古いものと新しいものが妙に交錯して、そこに方向を引き歪められた文学的天才の片鱗が潜んでると言ったような、彼は確かに、誇張された感傷癖の希臘《ギリシャ》人らしい希臘人だった。
 と、紹介はこれでたくさんだ。
 ところで、場面は、瑞西《スイス》サン・モリッツである。
 ST.MORITZ――眼をつぶって心描して下さい。雪の山と、雪の野と、雪の谷と、雪の空と、雪の町と、雪の女とを。そしてこの、切り離された小世界に発生する事件と醜聞と華美と笑声と壮麗と雑音とを。
 海抜、六千九十|呎《フィート》。エンガディン、テュシスから Coire の経由、またはランドカルト・ダヴォスから汽車。伊太利《イタリー》のテラノから這入ってポントレシナを過ぎる線が、すこし迂回になるけれど一番接続がいい。私達はこれを採った。
 サン・モリッツは、豪奢第一《ファッショナブル
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