きつけて、どうしたら一本の大匙《おおさじ》の補助だけで最も能率的に口へ送り込むことが出来るか、その術を習得した。そして、ルセアニア人と私と二人の煙草の明りで、私は、国内電報になるのを待って今まで控えていた羅馬《ローマ》の宿屋《アルベルゴ》への電報を書いて、それを給仕に打たせるのに、発車までの残りの時間の全部を費やした。
 国境通関業者の制帽が、暗黒のなかで呪文を大唱した。
『ジェノア・ピサ経由、羅馬《ローマ》行き急行! 羅馬ゆき急行!』
 これが、私達をナプキンから引き離した。
 停電のプラットフォウムには、緑と赤の灯の玉があった。
 煤煙。蒸気。光線。万国寝台会社|欧羅巴《ヨーロッパ》特急車が、傲慢で伊達者な潜勢力を押さえて、駅長《カピタノ》の笛を待っていた。明るい窓が、先へ往くほど小さく、長く続いていた。旅行の精神と、遠い都会の誘惑とが、人々を占領した。そこにもここにも、出発前の上吊《うわず》った声と、着物の擦《す》れ合う音とがあった。騒乱の中から、さっきの荷物運搬人が現われて、予約してある寝台車へ私を救助した。またルセアニアの商人と同じコンパアトメントである。私達は短衣《ヴェスト
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