行列が、重い靴で、鋪道を鳴らした。
 私のタキシは、徐行した。運転手は、右腕を真直ぐに伸ばして、前方へ斜め上に突き出す礼をした。これは、昔|羅馬《ローマ》武士が、出陣に際して、王と神の前に戦勝を誓った、儀礼の型であり、そして、今は、ムッソリニと彼の仲間が、公式に流行《はや》らせているいわゆる「羅馬挨拶《サルタ・ロマノ》」なのだ。
 私の運転手は、ファシストだった。が、いまこの街上に、何とファシストの多いことよ! 老人の手、青年の手、労働者の手、警官の手、通行人の手。
 青物屋は、野菜の車を停めて手を上げ、その野菜の山の上から、青物屋の伜《せがれ》が手を上げ、軒並みの商店からは、主人と店員が走り出て手を上げ、そして、電車の窓からも自動車の中からも、何本となく手が上がっている。軍旗は、この、手の森林を潜《くぐ》って、消えた。
 これが、現在の伊太利《イタリー》の常用礼式なのだ。官庁ででも倶楽部ででも、劇場ででもホテルででも、家庭ででも、こうして手を上げ合っている人々を、見るであろう。羅馬《ローマ》は、いや、伊太利《イタリー》は、このとおりファシストで一ぱいである。ファシストにあらずんば、人
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