前の空《あき》椅子へ招待するのに任せた。銀灰色の細毛の密生した彼の手首に、六種の色彩の大理石を金で繋《つな》いだ鎖が掛かっていた。その小さな大理石の一つは腕時計だった。が、それにしても、この装身法は小|亜細亜《アジア》的に野蛮で、感心出来なかった。しかるに、彼の口からは、倫敦《ロンドン》リジェント街とピキャデリの角の英語が、尻上りの粋《すい》さをもって滑り出るのである。
 ルセアニア人は、私に、昔からここで、伊太利《イタリー》側から仏蘭西《フランス》側へ輸出して来た切花に、最近ふらんすが七割の税を課することにしたために、もとは、わざわざ昼間の汽車を選んで窓から見て行く人もすくなくなかった、国境と線路に接続した伊太利の花卉《かき》園が、
今では、見事に寂《さび》れてしまったと告げた。
『毎朝の化粧台に、変った花束を発見しないと一日頭痛のする大ホテルの婦人客達は、値段など聞かないうちに、濡れた花びらに鼻を近づけるものです。だから、いくら殺人的に高価であっても構わないわけですが、そこへ行く先に、七割の関税と聞いて、市場が手を引っ込めてしまいました。それかと言って、仏蘭西《フランス》側に新たな
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