した。
 食堂《バフェ》には、僧院のにおいが冷たかった。が、それは、卓上の花挿しに立てた蝋燭の揺らぎと、熱心に、はじめてのマカロニと闘う赤い横顔と、お腹だけ白いフィジの水壜のためだったかも知れない。午後から、地中海の海岸線を私と同車して来た人々が、料理の湯気のなかから私に笑いかけていた。しかし、彼らと私との間には、ごく少数の了解と、多分の動物的好意とがあるだけだった。なぜなら、すこしでも私の話せる言語は、彼らの耳には、すべて単なる音響としかひびかなかったし、また、どんなに熱烈な彼らの主張も討論も、私にとっては音楽的価値以外の何ものでもなかったから。で、直ぐに私たちは、お互いに解らせようとする努力を諦めてしまった。けれど、私と彼らは、しじゅう眼を見合わせて、その眼を笑わせることによって、会話以上の社交的効果を保って同車して来たのだった。私達は、そこに満足な友情をさえ汲み取ることに成功していた。
 私は、マントンで、巴里《パリー》風の洒落た服装と、竜涎香《アンバア》のにおいとを私の車室へ運び入れて、それから私も、彼とだけずっと饒舌《しゃべ》りこんで来た、若いルセアニアの商人が、私を、自分の
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