てるような寝台車掌《コントロルウ》! あの男は、確かにクイリナアレの廻し者です! 私の読心術《テレパセイ》は、決して私を欺《あざむ》きません。それから、あなた方は気が付きましたかしら。この、一つ置いて前のコンパアトメントにいる、商業から教会へ引退したばかりの肉屋のような、フロック・コウトの肩に赭《あか》ら顔を載せて、靴紐《くつひも》で鼻眼鏡を吊ってるお爺さんこそは、言うまでもなく密偵に決まっています。実際、市場、ホテル、料理店、街角、音楽会、今の伊太利《イタリー》は、もとの乞食のかわりに、憲兵と、売子、観光客、給仕人、花売りなんかに化けた密偵とで、隙間もなく覆い尽されているのです。そして、もし人民がムッソリニなどと言っているのを聞こうものなら、好《よ》くても悪くても、忽《たちま》ち彼らの眼が光ります。ですから、不必要な嫌疑を招きたくない一般の人々は、お互いに注意し合って、ムッソリニという名を口にしないようにしています。銘々それに代る略号を発明して、用を達すのです。で、私達もこれ以上この色彩的な話題を進めて行こうとするなら――。』
 ちょうどこの時、急に車内に、叫喚と呶号の無政府状態が始
前へ 次へ
全67ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング