。』
『皇帝と彼とは?』
『この間伝えられた、あれは、全然嘘報でした。巴里《パリー》で発行される、反ファッシズム新聞「|黄色い嘴《ベッコ・ジャロ》」紙の投げた逆宣伝の一つに過ぎません。』
 ここで、彼女は、私達からの、これ以上の質問を拒否するために、ジャズのカスタネットのように細かく笑って、両腕を抛り上げた。
 脂肪が圧搾《あっさく》されて、肋骨の装飾が現れた。
『今まで私は、まるでナポリの案内人のように饒舌《しゃべ》って来ましたね。そして、私は、何という不注意な女でしたろう! ムッソリニ、ムッソリニと大きな声で言って、しかも、総選挙だの、黄嘴紙《ベッコ・ジャロ》だのと! 人が聞いたら、どうしましょう! それは、怖いものを知らない者のすることです。なぜなら、密偵は、空気のようにどこにでも這入り込んでいるからです。これはソヴィエト・ラシアとムッソリニ政府だけが、ほんとに世界的に誇り得る制度なのです。この汽車も、そういう密偵達をぎっしり満載していることでしょう。あなたが、その一人かも知れない! この方が、そうかも知れない! あの、先刻、寝台を作りましょうかと言って来た、不随意筋ばかりで出来 
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