でもして来たように、私は、この鞄の底から放浪者の仮装一式を身につけて、幾晩も続けて臭い裏街の彷徨に徹夜するだろう。私は、ベニト・ムッソリニよりも、このほうを好むのだ。
 こういう言葉で、私は、しっくりと彼女の裸体を包んだ。
 多くの社交室をこな[#「こな」に傍点]して来たらしい、噴水式の彼女の笑いには、私に対する失望と賛成があった。彼女は下腹部の黒子《ほくろ》を押して、その弾力を享楽しながら、言った。
『あなたは素晴らしい空想の所有者です。そして、この場合、その空想は適中しているかも知れません。私は、ただ、巴里《パリー》への旅行者が、必ず一度はエッフェルへ昇るように、羅馬《ローマ》へ来る人は、初代|基督《キリスト》教徒の地下街《カタコンブ》と、カプツィニの人骨堂と、ベニト・ムッソリニだけは、誰でも、旅程の第一日に据えて参詣して行くものですから、きっとあなたも、クイリナアレ政庁への訪問者に相違ないと思ったまでのことです。あなたが、伊太利《イタリー》へ来てムッソリニを無視するのは、それだけでも、あなたの公衆にとって大きなセンセイションでなければなりません。実は、一人ぐらいムッソリニに会いた
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