各国のあらゆる新聞雑誌記者と、外国での記念《スウベニア》という他愛もないがらくた[#「がらくた」に傍点]を熱愛する旅行者の大訪問群によって、一日に何十回の面接と談話とで、すっかり職業的に荒らされてしまっているに相違ないことは、誰でもの常識内で許される想定だ。その彼を、すこし時節外れのこの頃になって襲撃するほど、私は、「去年の林檎《りんご》」でありたくない気が強かった。私は、常に明日に生くる自負を持っている。この意味で、いま話頭に上っている「今日の人」は、それだけで、私の感興を惹くべく既にすこし古いのだ。それに、英雄崇拝という変態宗教は、私に来るところの最後のものである。だから、私は、半ば以上、この「黒|襯衣《しゃつ》を着た世紀の怪物」を、一瞬間でも邪魔することなしに、彼を、彼の大好きな首相、外相、飛行大臣、拓殖大臣等々々の七つの大臣椅子の上に、彼の讃美者に取り巻かせたまま、幸福にしておいてやることにしようと決心していた。そのかわり私は、羅馬《ローマ》のホテルの酒場で、アルコホルが語らせる旅客の伊太利《イタリー》観から、より多くの真実を掴み出そうと耳を立てるであろう。そして、どこの都会で
前へ 次へ
全67ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング