秘を着せるのが、われわれの着物です。一体着物というものは、支配階級が、富と権力を誇示して民衆を脅《おど》かしつけるために発明されたものではないでしょうか。それは徳律や宗教や評判のいい学説と同じに、現在の社会制度を支持するほか、何の役目もしていないのです。』
『すべてが習慣なのだ。』
 ここで、ルセアニア人が考え深そうに言った。
『だから、われわれは新しい習慣を創造しさえすればいいのだ。そして、それを、一般が不審がらずに受け入れるまで、闘って押しつけることだ。』
『そうです。その通りです。だから人間は、ことに女は今、男の前に真っ裸になる必要があるのです。衣服は、在来のすべての社会的罪悪の母でした。裸かですと、人は絶えず内省します。そして、対人関係と、それを総合した社会における個の位置と進展の方向とを、はっきり認識することが出来るでしょう。そこに、近代的に健康なスポウツマンシップも、理論上一つの瑕《きず》もない完全な自由も発見されるわけです。』
『そうすると。』
 と私も、何か彼女の議論の助けになるようなことを、早く言わなければならない義務を感じ出した。口を閉じた彼女が、黙って私を激励した
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