にあらず――。
 正規には、これに、ファシスト式の万歳《エイル》の高唱が加わるのだ。
[#ここから2字下げ]
Eja ! Eja ! Alala !
えや! えや! あらら!
えや! えや! あらら!
[#ここで字下げ終わり]
 第二回万国自動車展覧会場の入口に、いつもの宣伝用の「服装」をアストラカン外套で隠した、国際裸体婦人同盟員が、私を期待していた。
 ところが、彼女は、先刻《さっき》の電話の声で示したかなりの恐怖と狼狽を、どこかに置き忘れて来ていた。
 私は、第一に、誰が彼女を尾行しているのかと、訊いてみた。
 が、彼女は、もうその問題を、まるで他人事のように考えているのである。
『尾行者は、美少年だったり、落葉だったりします。何者だか解りませんが、ただ私の読心術《テレパセイ》が、しきりに私の尾行されていることを私に警告しています。』
 彼女は、この読心術《テレパセイ》という言葉を、何にでも代用して使うことが、好きらしかった。私は、ルセアニア人のことは、思い出さなかったし、また、どうして彼女が、私のホテルを知ったかという疑点も、別に質《ただ》そうとはしなかった。彼女が、それをも直ぐに、彼女の「読心術《テレパセイ》」の能力で片付けるに相違ないことを、私は承知し過ぎていたから。
 私達は、会場を一巡して、戸外へ出た。
 その間、彼女の眼は、陳列してある各会社の、一九二九年の新春型を、機械的に送迎していただけだった。が、彼女の口は、絶えず言語の洪水を漲《みなぎ》らして、私を溺死させようとした。私は、一体自分は、何のために騎士的感激をもってここへ駈けつけて来たのだろうと、そのことばかり考えていた。
 彼女は、サンパウロ発行の反ファシスト新聞「防禦《ラ・ジフェサ》」について、多くを語った。そして、その主筆である、元の社会党代議士フランチェスコ・フロラに関して、より多くの呼吸を費やした。殊に、一亡命者としてのフロラが、上陸禁止令を無視して、警戒線を突破した当時のことや、その後の彼を覆った官憲の圧迫には、彼女は、特別に、詳細な知識を所有している様子だった。しかし、私は、彼女の身辺に、今までなかった弱々しいものを感じて、それを、汽車の疲れであろうと判断した。そして、宿所へ帰って休むことを、彼女に奨《すす》めてみた。
 すると、彼女は、この私の説を逆証すべく、俄かに努力した。自
前へ 次へ
全34ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング