の世界的に知られた、ベニイの白い視線があることを、忘れてはならないのです。そして、絹高帽《シルク・ハット》の置き場処は、所有者の頭のうえか、椅子に掛けた姿勢ならば、その膝の上といつも決まっているものです。で、絹高帽《シルク・ハット》を膝に立てると直ぐ、あなたは面談を開始するのですが、この場合、あなたは、先刻私が申し上げたような質問集で、すこしでも、ベニイの人間味を探り出そうなどと望んではなりません。彼は、あらゆる形式の面接にすっかり慣れ切っていて、どんなことがあっても、自分の影をさえ瞥見させるようなへま[#「へま」に傍点]はしないでしょう。従って、あなたに残された唯一の活動の余地は、室内を見廻して彼の事務家振りを推測することであり、灰皿の吸殻から彼の愛用する煙草を知ることであり、その一本を訪問記念としてこっそり[#「こっそり」に傍点]持って来るために、手を伸ばす機会を探すことであり、読んでいる本を突き留めるには、彼を押し退《の》けて、あなた自身、卓子《テーブル》の上下から抽斗《ひきだ》しを、根気よく捜索しなければなりますまい。何と、華やかな面会ではありませんか。』
『非常に面白そうなお話ですが、私は、残念ながら、やはり、彼を黙殺することに決めています。』
『そして、あなたは、仏蘭西《フランス》語か英語か伊太利《イタリー》語で、彼と、その二、三日の天気の批評をして、モウニングの尻尾を皺《しわ》だらけにして帰るのです。写真は、幾らでもくれます。署名《サイン》もします。最初に較《くら》べると、この頃は、そのほうが重々しいというので、すこし出し渋りますが、それでも、ベニイの机は、訪問者に持たして出す自分の写真で一ぱいで、その上、六人の写真師が、後からあとからと、日夜その複製に追われ続けています。署名用の万年筆に署名用インクを満たすためには、いつも、三人の秘書官が掛かり通しの有様です。そして、帰りがけに、あなたは、各国人を包んだモウニング・コウトの長列が、手に手に、官房主事の発行した、大型封筒の面会許可証を、切符のように握って、クイリナアレ政庁の長廊下に、忍耐深く待っているのを見かけるでしょう。』
『いよいよ私は、ベニイに面会を申込むまいという私の決心に、感謝しなければならない。しかし、あなたは、どうしてそう彼のことを知っているのです。』
『知る必要があるのです。彼は、私の敵
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