ャ度を備えた淡いエゴイズムの一本の感覚の尖端にぶら下ってるのだ。
 言葉と彼女の上半身とがいっしょに饒舌《しゃべ》り出した。
『わっら! ムシュウ。ほら、あすこに、そばへ寄るときっとラックフォルト乾酪《チーズ》と酸菜《サワクラウト》のにおいのしそうな、伯林《ベルリン》ドロティン・ストラッセ街から来た紳士がいるでしょう? あの肥った、そら、いま乾板現像液で茶色に染まってる手を出して、他人の賭金《ステイキ》を誤魔化《ごまか》してさらえ込もうとしている――AA! 何て素走《すばし》っこい事業でしょう! あたしはあの人を讃美します。いいえ、あの人はハンブルグの荷上《にあげ》人夫ではないのです。コロンの郊外に生産工場を持っていて、半世紀来|欧羅巴《ヨーロッパ》じゅうの客車と貨物列車へ打ってきた鋲《びょう》の供給者なのです。あの人の手はいつも他人《ひと》のぽけっとへ這入りたがってうずうず[#「うずうず」に傍点]しています。あの人は毎朝熱湯に入浴してじぶんの身体《からだ》と一しょに茹《ゆ》でた玉子をお湯のなかで食べるのです。あの人はエストニア孤児救済委員会の委託金を着服してそれで亜米利加《アメリカ》
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