カつは彼女が、咽喉《のど》の奥で唄う高速度曲に合わせてブダペスト風の踊りを真似してるのであることを知った。
『ね、何を見ていらっしゃるの?』
 この中婆さんは微笑らしいもので私の近代的騎士性を賞美するのである。それから彼女は、伊太利《イタリー》RIVIERAの聖《サン》レモで、眼と声の腐った不潔な少女達が悪魔よけの陶製の陽物と一しょに売ってる、羅馬《ローマ》皮に金ぴかの戦車を飛び模様に置いた手提《バッグ》をあけて、煙草の挟んでない象牙の長パイプを取り出し、直ぐにそれを指先で廻しはじめた。電灯の光矢《こうし》がぶつかって、花火のように音を発して散った。私はこの意味の不明瞭な手品に見入っていた。
『あたしね、ちょいと卓子《テーブル》を明けたの。いま何番が出て?』
 今度はリラとすぺいん[#「すぺいん」に傍点]葱《ねぎ》のまじったにおいが彼女の口から私の嗅覚を撫でた。この女は歓喜の絶頂で泣きながら男の鼻を噛む種類であると私は測定した。またこの場合、返事はすべて仏蘭西《フランス》語でされるのでなければ罪悪であることも私は心得ていた。ところで、私は流暢なふらんす語を話すのである。
『番号は三十六
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