ヘっきりと認識しなければならない。このモンテ・カアロの博奕場《キャジノ》では、どんな神秘も個人の関心を強《し》いはしないのだ。じっさいいかに小さな異常現象へでもすこしの好奇心を振り向けることは、ここの多角壁の内部ではそれだけで一つの「許せない規則違反」なのだ。そこで私はただ聖《サン》マルタン水族館の門番のように、黙ったままこころのなかで彼女の足へ最敬礼することで満足したのである。
 がめたる[#「がめたる」に傍点]の靴下が慄悍《ひょうかん》な脛《すね》を包んで、破けまいと努力していた。その輪廓は脂肪過多の傾向からはずっと[#「ずっと」に傍点]遠かった。アキレス氏|腱《すじ》は張り切って、果物ナイフの刃のように外へむかってほそく震えていた。私の眼にも判る一|大きさ《サイズ》小さなゴブラン織りの宮廷靴が、蹴合《けあ》いに勝って得意な時の鶏の足のような華奢《きゃしゃ》な傲慢さで絨毯の毛波《ケバ》を押しつけていた。彼女が足を移動すると、そのけば[#「けば」に傍点]は一せいに起き上って、絨毯のうえの靴あとが見てる間に周囲に吸われて消えた。あまり繊細に、そして音律的に足が動くので、そのうちに私は、
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