ト督でした――にも、階段をころがり落ちる試験にもすっかり及第したのですけれど、最後の乗馬試験で撥《はね》られてしまいました。私にはどんなに好意ある男をさえも恐怖させるところがあるのです。そのために女優になることは断念しなければなりませんでしたが、あなたが私の名を新聞で御覧になったとすれば、それは映画事業に関聯してではなく、遺産相続という恥ずべき、けれど甘い法律手続の客体としてではなかったでしょうか。全く現在の私は、先月亡くなった父将軍の預金通帳によってこうしているのですからね。つまり良人《おっと》と父と、私はいま二重の喪に服していて重いのです。しかし私は正規の喪服を着ることはどこまでも拒絶します。黒は私に似合ったことありませんもの。』
そしてその申訳のように、彼女は父の分と良人のぶんと二|吋《インチ》四方ほどの黒の絹はんけちを二枚、靴下の腿《もも》のところから摘《つま》み出して、別々のハンケチで左右の眼から桃色の蝋《ろう》のしたたりのような涙を拭くのである。私はそのハンケチが西班牙《スペイン》旧教葬の寝棺にかける黒レイスの切れはしであることを認めて、その通り彼女に告げた。
彼女は父
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