フ方のはんけち[#「はんけち」に傍点]で鼻をかんでから私の妻に言った。
『奥さま。お茶へは何をお入れになります? 檸檬《レモン》よりも「|彼の主人の声《ヒズ・マスタアス・ヴォイス》」の蓄音機レコードのほうが宜しう御座いますわ。お茶のなかへあれをすこし爪鑢《つめやすり》で削り落していただきますと、どんなにスチイムの利いてる応接間《サロン》で何時間|他所行《よそゆ》きの言葉を使っていても、決して小鼻の横に脂肪の浮くということはございません。さ、庭園《ジャルダン》に出て馬車屋の挨拶と夕陽の色を吸いましょうね。おお・※[#濁点付き平仮名う、1−4−84]・おあある、ムシュウ!』
 そして立ちがけに、通りかかった給仕を指先で押さえてフランシス・スワン夫人がささやいたのだ。
『ピイタア、この紳士にあの「あたしの記憶のために」のカクテルを一つ混ぜて上げて頂戴。』

     3

 ランキャスタシャアのPOLOの名手として知られているナックス・タウンセンド大佐は、女を擽《くすぐ》るために赤毛の口髭を短く刈り込んで、RをUのように発音していた。彼はまたブラッセル産|切子《きりこ》細工の硝子《ガラス》の
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