ミの一つを※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》ってむしゃむしゃ[#「むしゃむしゃ」に傍点]食べてしまった。もちろんこの時は既に薔薇のサンドウィッチはフランシス・スワン夫人の胃の腑のなかにあった。例《たと》えそれが星のかけらであっても、食卓に出ている以上、この女達は※[#「魚+是」、第4水準2−93−60]薬味汁《アンチョビ・ソウス》をつけてフォウクに刺して舌へ載せたことであろうと私は推測した。
 消化された薔薇がそのまま声になってフランシス・スワンの口を出はじめる。
『巴里《パリー》へ行ったのはオウトバイ競争の選手になるためでした。そこで私は遠乗《とおのり》協会の会員章の色ネクタイで髪を結んで、フランチェスコ派の苦行僧のように跣足《はだし》に皮草鞋《サンダル》をはいて三十六時間もぶっ続けにペダルを踏んだものです。が、それは私に一つの婚約を持って来るよりほか何の役にも立ちませんでした。男はバルセロナ出身の立体派画家で闘牛の心得もあったようです。「霧の中を往く馬車」というのと「虹の夢」という二つのカクテルを混ぜるのが彼の独特の技能でした。そして彼は、私の銀箔《ぎんぱく》の
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