ト、それからあの有名な眼尻の皺《しわ》と同伴でしじゅう外出していた。自動車の踏板へ片足をかけたところで「|どうぞ《プリイズ》!」と呼びかける写真班へは、彼は常に選挙民のために貯蔵してある微笑の幾らかを許した。この姿態《ポウズ》が一ばん漫遊中の国民政治家らしくて彼の好みに適合したからだ。そのあいだ令嬢のメガンはウィイン法学雑誌の「羅馬《ローマ》私法における売買契約の責任範囲とその近代法理思想に及ぼせる必然的投影の価値・並びに以上の歴史的考察」の論文を大ジャズバンド演奏中のTEAルウムの椰子《やし》の鉢植えのかげで読みながら、誰かが話しかけるごとに、勿論すぐその運動帽子のように真《ま》ん円《まる》い顔を上げて父のために笑った。しかし小指はウィイン法学雑誌の読《よみ》かけの頁へ挟まれているのを私は見落さなかった。そして相手がもし新しい招待を持ち込んで来たのだったら、彼女は早速胸の開きから小型記憶帳を取り出して日と時間と場処だけを書きつけていた。招待者の名前は決して書かなかった。たとえそれが未知の人であろうとも、彼女は名を訊こうとしないのである。大戦によって社交の習慣もこう変ったのであろうと私
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