ゥら理想《アイデアル》印しの妻楊枝《つまようじ》を輸入したのです。そのために青煙突《ブルウ・ファネル》のやくざ船をすっかり傭船《チャアタ》しました。うい・むっしゅう! あなたはあの妻楊枝を満載した英吉利《イギリス》貨物船の編成隊が不意の光線に追われた油虫の家族のように仲の好い一列を作ってダンジグ港へ投錨した時の華美な光景を御存じですか?――そして、あの男の足の小指は、赤い蘇国《そこく》毛糸の靴下のなかで下へ曲がってるのです。OUI! 両方とも――なぜこんなに詳しくあたしがあの人のことを知ってるだろうってびっくり[#「びっくり」に傍点]してらっしゃるのね。だって、あの人はあたしの良人《おっと》ですもの。Tut−tut !』
 私の眼が高処恐怖病患者と同じ怯懦《きょうだ》さで広い博奕場のあちこちへ走った。が、私も負けてはいなかった。やがて私は、すこし向うの卓子《テーブル》に、鼻の穴から毛の生えてるリヨンの老生糸商と、生水・ENOの果実塩・亜米利加《アメリカ》産|肉豆※[#「くさかんむり/「寇」の「攴」に代えて「攵」」、第3水準1−91−20]《にくずく》・芽玉菜《めたまな》だけの食養生を厳守することによって辛うじて絵具付《ペインテド》シフォンの襞《ひだ》着物を着れる程度に肥満を食いとめている、安ホテルの椅子みたいに角張ったあめりか女とのあいだに、ルウレットに忘我して顔を真赤にしてる私の妻を見つけて、急いでそのことを言い出したのである。
『彼女《あれ》はこのモンテ・カアロのばくち[#「ばくち」に傍点]にかけてはじつに天竺鼠《てんじくねずみ》のように上手に立ち廻るのです。御覧なさい。ペイジ色の蜜柑《マンダリン》がすっかり上気してまるで和蘭《オランダ》のチイス玉のようでしょう。二つ光ってるのは黒輝石の象眼ではありませんよ。あれは単に彼女の眼です。無理もありません。今夜は朝までに三千|法《フラン》勝って坂の上の駒鳥屋《ロパン》で私に一九三三年型の純モロッコの洋杖《ステッキ》と、一流の拳闘選手が新聞記者に会うときに引っかけるような色絹の部屋着を買ってくれようと言うんですからね。いま一生懸命のところです。』
 こう言って、気がついて振り返ってみると、相手はもうそこにいなかった。この女は波斯《ペルシャ》猫である。だから映画のなかの人物のように音もなく行動するし、たとえモナコ名所|犬首
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