謔、とどうせ同じことなリンピイ!
 そこには、マルガリイダもPIMPもなかった。強い海の The Call と、視界外への慢性的な放浪心とがあるばかりだった。
 海から来た彼は、その誘惑に負けて故郷へ帰ったのだ。自発的に「上海《シャンハイ》された男」なんて、この古いインクの水にとってもはじめての実見だったろう。とにかく神様と文明のほかに、また一つリンピイがりすぼあ[#「りすぼあ」に傍点]を見すてた。着のみ着のままでリンピイは行ってしまった。|暗黒の海《マアル・テアネブロウゾ》へ!
 SHIP・AHOY!
 海には海だけに棲《す》む独立の一種族と、彼ら内部の法律と道徳と生活がある。この小別天地を積んだガルシア・モレノ号が、ひょいと過失的にLISBOAの岸へ触れて、その拍子にわがリンピイを掠《かす》め去ったのだ。僕には、大きな未知のほんの瞥見だけを残して――。
 いま亜弗利加《アフリカ》の西を南下しつつある The Garcia Moreno のなかで、まるで古|葡萄牙《ポルトガル》の民族詩人ルイス・カモウエンスがその海洋詩LUCIADUSのなかで好んで描写したような、何と途轍《とてつ》もない女護《にょご》が島の光景がびっこ《リンピイ》リンプを包んでることか――GOD・KNOWS。
 ――あとには、マルガリイダと、テレサと、夜の短船《ボウテ》の女達と|山の手《バイロ・アルト》の灯と、もう支那人《チンク》でなくてもいい僕と、古猫のようなりすぼん[#「りすぼん」に傍点]と、腐ったINKの海・テイジョ河口の三角浪・桟橋の私語《ささやき》・この真夜中の男女の雑沓・眠ってる倉庫の列・水溜りの星・悪臭・嬌笑。Eh, what ?



底本:「踊る地平線(下)」岩波文庫、岩波書店
   1999(平成11)年11月16日第1刷発行
底本の親本:「一人三人全集 第十五巻」新潮社
   1934(昭和9)年発行
※底本には、「新潮社刊の一人三人全集第十五巻『踊る地平線』を用いた。初出誌および他の版本も参照した。」とある。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:tatsuki
校正:米田進
2002年12月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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