Aもっと惨めで、何度押しかけてっても手ぎわよく無視されていつも徒労に帰した。これは僕とリンピイにとって全く新しい奇現象《センセイション》である。その原因は果して那辺《なへん》に存するか? 一つこいつを見きわめないでは! と言うんで、僕はすこし意地にかかって毎夜根気よく出かけてったものだが、at last, 僕とリンピイのまえに投げ出された一大MYSTERY――公式上、物語の結末《エンデング》は速力だけを尊重する。だから急ぐ。
 最後に僕が、何とかしてこのがるしあ・もれの号を征服すべき努力と決意のもとに――もう一つ暗転。
 SHIP・AHOY!
 |血だらけな晩め《デ・ブラッデイ・ノウイト》! God damn it !
 じゃこっぷ[#「じゃこっぷ」に傍点]の中途から救われてガルシア・モレノに甲板した僕と鞄が、LO! こうまた国際的|涜神《とくしん》語を吐き出していた。
 仮死した大煙突が夜露の汗をかいて、船料理人《シップス・ダクタア》の手のポケット猿、こつこつこつ[#「こつこつこつ」に傍点]と鉄板を踏んでる無電技師――やっぱりみんな、上陸番なんか無視して|山の手《バイロ・アルト》の灯へ逃げてったあととみえて、例のとおり船中はがらん[#「がらん」に傍点]としていた。と思ったのが、これが大へんな僕のまちがいで、こつこつこつ・こつこつこつ、いつものように船艙《ハッチ》の端に腰かけて、拡げた鞄と一しょに化石してる僕へ、靴音と、声が接近して来た。
『HUM! |いよう《ヘロウ》! お前は毎晩ここへ来てるしっぷ[#「しっぷ」に傍点]・ちゃん[#「ちゃん」に傍点]の支那公《チンキイ》だな?』
 事務長《パアサア》だった。僕は黙ってうなずいた。
『どうだ、どうせお前なんかどこで何をしようと同じことだろうが、一つ船へ来て働いてみないか。』出しぬけに彼が言った。
『石炭夫《コウルパサア》だ。高給。別待。本船か! これから亜弗利加《アフリカ》の西海岸を南下して濠洲廻りだ。WHAT・SAY? HEY?』
『ME?』
『YEA。』
 そして事務長は、ここで急に慣れなれしくにやにや[#「にやにや」に傍点]し出して、
『おい、たくさん女がいるんだよ、この船には。船員の過半は女なんだ。共有さみんな。|浮かぶ後宮《フロウテング・ハレム》! Eh, what ? ただね、今んところ、ひとり男が足らない。明朝早くの出帆だから、いま補欠が見つからなけりゃあ、今夜じゅうに一人「上海《シャンハイ》」しなくちゃならないんだ。支那公《チンキイ》、本船へ来いよ。ま、見せてやろう。』
 事務長についてって覗いた乗組員部屋《クルウス・クオウタ》には、上陸したと思った船員がすっかり納まってて、その夜のめいめいの女――なるほど船乗りらしく男装はしていたが、見たところ美少年のような、確かに異性だった――を相手に、はなはだ貨物船らしくない空気のなかで平和に談笑していた。BAH!
 半分以上は女が動かしてるガルシア・モレノ?
 これじゃあリンピイの商売は勿論、僕の「しっぷ・ちゃん」だって上ったりなわけで、どんな不思議も、こうして解っちまったあとでは何ら不思議じゃない。
 ただ、一刻も早くリンピイにこの発見を伝えたいと思った僕が、じゃあ、ちょっと荷物を纏《まと》めて直ぐ引っ返して来るからと事務長に約束して、いそいでガルシア・モレノ号を逃げ出したことは、自然すぎるほど自然で、言うまでもあるまい。
 波止場《カイス》でリンピイにこの話をして、
『驚いたろう?』
 と結ぶと、リンピイは何かじっ[#「じっ」に傍点]と考えこみながら、
『うん――。』
 妙にうっとり[#「うっとり」に傍点]して答えてた。そして、今夜はガルシア・モレノに「上海《シャンハイ》」――深夜|埠頭《ふとう》の散歩者を暴力で船へ担ぎ上げて出帆と同時に下級労役に酷使すること――があるにきまってるから、あんまり遅くまでここらをうろつかないがいい――と忠告した僕のことばが、いまから思うと、絶大な啓示として彼を打ったに相違ない。なぜって君、その晩、聖《サン》ジュアンの酒場でしこたま[#「しこたま」に傍点]|燃える水《アグワルデンテ》をあおって、すっかり「腹の虫」と自分の意識を殺しちまった跛者《リンピイ》リンプは、わざとがるしあ・もれの号の上海《シャンハイ》隊を待って、眠る大倉庫の横町にぶっ[#「ぶっ」に傍点]倒れていたからだ。
 リンピイは行ってしまった。ガルシア・モレノの上海《シャンハイ》隊に自ら進んで上海《シャンハイ》されて、無意識のうちに担ぎ上げられてリンピイは行ってしまった。
 船と女と whim を追って海から海をわたり歩いてるリンピイ!
 急傾斜する水平線をしばらく忘れて、内心どんなにか淋しかったリンピイ!
 どこでなにをし
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