スDOGのよろこびが僕の感情だった。
さきへ進むまえ、忘れるといけないからちょっとここで断っておきたいのは、リンピイと彼の周囲に、僕が支那人《チンキー》ロン・ウウとして知られていたことだ。これは何も、ことさら僕が国籍を誤魔化《ごまか》したわけではなく、全体、はじめて口を利いたとき、リンピイが頭からお前は支那公《チンク》だろうと決めてかかって来たので、正誤するのも面倒くさかったし、その要もあるまいと思って黙っていたら、リンピイが勝手にそう信じこんで、同時に僕も、いい気になって出放題《でほうだい》な名乗りを上げてしまったのだ。Long Woo ――支那にそんな名があるかどうか。なくたって僕は困らない。要するにリンピイのそそっかしいのが悪いのだ。で、このとおり、支那人なるアイデアは彼が思いついたことで、僕はただ、極力否定するかわりに、無言によってごく受働的にそれを採用したに過ぎないから――。
だからリスボンの波止場では、全的にそう受け入れられていた支那公《チンキイ》ロン・ウウの僕だった。一つの社会を下から見るのに、これはかえって好都合だったかも知れない。と同時に、ある集団生活を知るためには、どうしてもいくぶん密偵的なこころもちでそこへ這入り込んで、現実に何かの役割《ファンクション》を持たなければ駄目だ。この意味で、リンピイ・リンプと彼の仕事は、僕の上に、じつに歓迎すべきLUCKの微笑だったと言ってよかろう。
YES。港だから、毎日船がはいる。その入港船のどれもへ、間もなく支那人のしっぷちゃん[#「しっぷちゃん」に傍点]ロン・ウウが、商品鞄と無表情な顔を運び上げるようになった。支那人は恐ろしく無口だった。ものを言う必要がなかったのだ。いつも黙って鞄を拡げて、眠そうにハッチの端に腰かけていさえすればあとは品物自身が饒舌《スピイク》して面白いように売れて往った。ほんとに面白いように売れていった。海の住民――それは不具的に男だけだが――また、その男だけのために悦《よろこ》ばれる種々の他愛ない日用品――タオル・しゃぼん・歯みがき・小刀《ナイフ》・靴下・その他・それぞれにリンピイの細工がほどこしてある――それから、好運のお守りTALISMANの数かず――すべていずれ後説――そして、このしっぷ・ちゃんの支那人の訪問した船へは、必ずその夜中にリンピイのおんな舟が出張して、これも帰りには海のむこうのお金でふな脚《あし》が重かった。
それがつづいて、何ごともなく日が滑って行った。
が、いつまで経《た》っても何事もないんじゃ約束が違う気がするから、そこで物語のテンポのために手っ取り早くもうその「何事」が突発したことにして、ここへ、このりすぼん[#「りすぼん」に傍点]の水へ、問題の怪異船ガルシア・モレノ号を入港させる。
Mind you,「がるしあ・もれの」は、一見平凡な「海の通行人」|よたよた貨物船《トランプ・フレイタア》のひとつだった。
しかし、もしあの時、運命がこの船をリスボンの沖で素通りさせたら?
そうしたら、リンピイはいまだにぽるとがる[#「ぽるとがる」に傍点]りすぼん港の満足せるリンピイだったろうし、ことによると僕も、今なお支那公《チンキイ》ロン・ウウの嗜眠病的仮人格のままでいたかも知れない。
思えば、十字路的な現出であった―― That ガルシア・モレノ、
なぜって君、一つも売れないのだ。
何がって君、僕の「しっぷ・ちゃん」がさ。だって変じゃないか。あれだけ「羽が生えて」売れてた、そしてほかの船ではやはり立派に売れてる――その売れるわけはあとでわかるが――同じ品物が、このガルシア・モレノ号でだけはうそ[#「うそ」に傍点]のようにちっとも売れないのだ。
すこしも売れない。奇体じゃないか。船乗りという船乗りが狂喜して手を出すことを、僕は経験によって知ってる。それだのに君、この船では、誰ひとり手に取って見ようとする者もない。振り向くものもない。船中てんで[#「てんで」に傍点]相手にしないのだ。ここをリンピイの好んで使用する表現で往くと、「がるしあ・もれの」でベイブは始めて三振し、カロルはようようルウマニアの王様になった。というところだが、売れないのは僕のほうばかりじゃなく、リンピイの「商品」なんか何度押しかけて征服しようとしても、その度にみんな綺麗に撃退されて、いつも完全な失敗におわった。お金を費《つか》おうとしない船員、女を失望させて帰す水夫や火夫なんて、これはとても[#「とても」に傍点]信じられないお伽話《とぎばなし》だ。奇蹟? 不可能。道心堅固! べらぼうな! では何だ! At last 僕とリンピイのまえに投げ出された一大MYSTERY――これを満足にまで解くところに、この物語の使命があるのだ、BAH!
はじめて僕
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