フかわった声を発する。
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|今晩は《ボア・ノイテ》!
|今晩は《ボア・ノイテ》!
|今晩は《ボア・ノイテ》!
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 と思うとすでに、長い海によごれ切った水夫と火夫のむれが、この呼吸する商品のまわりにぐるり[#「ぐるり」に傍点]素早く輪を作ってる。にやにや[#「にやにや」に傍点]と殺気立つ選択眼。その、天候と粉炭と余剰精力とで黒い層の出来てる彼らの首根っこへ、女たちの白い腕がいきなり非常な自信をもって巻きついていく。最初に視線を交換した船員と売春婦――これほど直截《ちょくさい》な相互理解はまたとあるまい。港の挨拶はこれだけでたくさんだ。何という簡潔な「恋の過程《プロセス》」! 何て出鱈目《でたらめ》な壮観! そこここの救命艇のかげ、船艙《ハッチ》の横が彼らにとって船上の即席らんで※[#濁点付き平仮名う、1−4−84]うだ。そして、星くず・インクの海・町の灯《ひ》・夜風。五、六人の女と、時として五、六十人もの海の野獣と――こうして、それらの全場面に背中を向けて忍耐ぶかく待ってるあいだに、毎晩リンピイは一たい何本の煙草をじゅっ[#「じゅっ」に傍点]と水へ投げ込むことか?――GOD・KNOWS。

     2

 畏友リンピイ・リンプの驚嘆に値する発明的企業能力は、これだけでも充分以上に合点が往ったろうと思う。加うるに、この出張売春婦のPIMPをつかさどるかたわら、第三にそして最後に、彼はほんとの「しっぷ[#「しっぷ」に傍点]・ちゃん[#「ちゃん」に傍点]」をも兼ねていた。ほんとのしっぷ[#「しっぷ」に傍点]・ちゃん[#「ちゃん」に傍点]てのも変だが、実はこれも、一つの準備行動として彼にとっては必要だったのだ。と言うのはつまり、いよいよ生きた商品を持ちこむに先立ち、まず斥候といった形で、無害でゆうもらす[#「ゆうもらす」に傍点]な海の人々の日用品――それも陸での概念とは大分違うが――を詰めた鞄《ケイス》と、何食わぬ顔《フェイス》とをぶら[#「ぶら」に傍点]提げて、あたらしく入港して来た船へ、検疫が済むが早いか最初の敬意を払いにゆく。こうしてその船の徳規《デサイプリン》や乗組員の財布の大きさを白眼《にら》んでおいて、いわゆる「|岸に無障害《コウスト・イズ・クリア》」と見ると、そこではじめて、夜中を待って本業の女肉しっぷ・ちゃん船を
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