゚によろめいて、ちょうど理髪屋みたいな、土間だけの小店が細い溝をなかに櫛比《しっぴ》している。そして、その一つ一つの入口に、今朝はだし[#「はだし」に傍点]で魚を呼び売りしてたような女たちが、それぞれ木綿レイスの編み物なんかしながら客を待ってるのを見かけるだろう。跣足《はだし》と言えば、ついこの先日まで、漁師やその女房子供は、天下御免にはだし[#「はだし」に傍点]で歩道の石を踏んでたものだが、そこへ急にお達しがあって、以後|跣足《はだし》厳禁、違反者には罰金として鰯《いわし》何十匹を科するなんてことになったので、この連中があわてて靴をはき出したまではいいものの、ところが、何しろ生れてはじめて穿《は》く靴なのでどうも脱げでしようがない。おまけに、考えてもみたまえ! 固い動物の皮で石の上を歩くんだから耐らない。すっかり足を痛くしちまった。それで、この魚売りの女たちが、巡査を見かけ次第穿く用意に、手に靴をぶら下げて街上に立ってるところが新聞雑誌の漫画に出たり、寄席の材料に使われたり、当分賑やかなリスボアの話題だったが、こんなような型の口髭の女まで、夜はここらに出張って来て、酔いどれの水兵でも掴もうと希望してるのだ。人が通ると、レイス編みを中止して何か呪文を唱える、金十エスクウドの相場。戸口からほん[#「ほん」に傍点]の二、三歩むこうに敷布みたいな白い幕が引いてある。そのかげに寝台があるらしい。客がつくと幕をはぐって奥へ入れる。灯油に照し出された小さな土間だ。申しわけにちょっと幕を引くばかりで、もとよりおもての戸なんぞ開けたまんまである。こういう家が、蜘蛛《くも》の巣のような露路うらにびっしり[#「びっしり」に傍点]密生している。ばいろ・あるとよりは、また一段下の私設市場だった。
海岸へも遠くなかった。夜の波止場では、やはり各国船員の上陸行列に酒精《アルコール》が参加し・林立するマストに汽笛がころがり・眠る倉庫のあいだに男女一対ずつの影がうろうろし・悪罵と喧嘩用具が素早く飛び交し・ふるいINKの海をしっぷ・ちゃんロン・ウウの小舟《ボウテ》が撫でまわり・あらゆる不可能と包蔵と神秘の湾――YES、港だから、毎日船がはいる。そのために来る夜もくる夜も、海岸通り聖《サン》ジュアンの酒場《タベルナ》と|山の手《バイロ・アルト》「マルガリイダの家」にしこたま[#「しこたま」に傍点]お
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