烽ェ落ちて、僕はリンピイの鞄と支那人の顔を提げて新入港の船へ通い、そこへ、あとから夜中にリンピイのおんな舟が漕ぎ寄せ、僕の受け持ちの商品――それぞれにリンピイの細工が加わってる日用品・タオル・石鹸・歯磨き・ないふ・靴下の類――は、彼がじぶんでやっていた時と同じに、小売的商才の皆無な僕なんかが口を利く必要もないほど、それ自体にspeakして面白いように売れて行った。ほんとに面白いように売れていった。この、僕の「しっぷ・ちゃん」の本旨は、これに事よせてリンピイの先達をつとめ、斥候としての報告さえすればいいだけなので、持ってく日常品なんかちっとも売れなくても困らないんだけれど、それが、妙なことには、値段が高いにも係わらず、いつもどの船へ行っても、翼が生えて飛ぶように売れて、僕は必ずから[#「から」に傍点]の鞄と、反比例に充満した財布とを伴《つ》れて陸へ帰るのがつねだった。そして、リンピイの女肉船も、かえりはきまって海のむこうの見慣れないお金で、毎夜の舟あしが重かった――。
 では、どうして石炭みたいに無口な支那公《チンキイ》の僕でさえ、とよりその僕に関係なく、リンピイのしっぷ・ちゃん商品に限ってそんなに売れたか? それほど自力で捌《さば》けて往った手品の種は?――何でもない。
 1 マルガリイダに内証でいつ写したものか、リンピイは、品物の一つ一つに、例の白熊テレサの裸体写真や、それから、テレサと黒輝石のような印度《インド》人の火夫との春画しゃしんやなんかを上手にひそめていた。タオルには折ったあいだへ、石鹸や歯みがきは包み紙に、小刀《ナイフ》には柄《え》へ飾り、靴下はなかへ落し、その他の小箱類には蓋の内側へ貼りつけたりして。
 2 鶏の交尾してる小さな焼物。一種の護符《タリスマン》的置きもの。これは巴里《パリー》のサクレキュウルのそばでも売ってるが、じつは日本出来である。どうやら、どんどん日本から輸出されてるらしい。
 3 用便中の婦人の像。小指のさきほどの大きさ。同じく「|好運呼び《ポルト・ボンヌウル》」のお守り。ブラセルの産。
 4 |悪魔の拳《フィガ・ド・デアボ》。これは有名な葡萄牙《ポルトガル》の国産品で、やはり迷信的な厄払いのひとつだ。振りこぶしの人さし指と中指のあいだから拇指《おやゆび》のあたまを覗かせたもので、形は小さい。女中も売春婦《プウタ》も奥様も紳士も、
前へ 次へ
全40ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング