\―なんてことになるんだが、どうせお金で返ってくるんではなし、女もテレサ一人なんだから、そこでその夜の勝ちっ放しAが、テレサの待ってる二階の一室へ上ってくだけで、次点以下はいつも一さい切り捨てだった。この、負けてても勝ってても、正五時A・Mをもって打ちきり、そのときの札数《スタンデング》ひとつで最後のTALKをすることには、さすが博奕に苦労してる連中だけに案外さっぱりしてて、出そうなもの[#「もの」に傍点]言いもあんまり出なかった。それどころか、なかには、一番勝ちの札をぱらりと床へ撒いて、次点者にテレサを譲ってさっさ[#「さっさ」に傍点]と出て行ったりする見上げたSPORTYも現れたりして、この「マルガリイダの家」は大いに色彩的《カラフル》な人生の蛮地だった。もっとも、ときどき五時の決勝になって捻《ひね》ったことを言い出す|解らねえ胡桃《クラムズイ・ナッツ》も飛びだしたけれど、そんなのは大概自治的に客のあいだで押さえつけたし、すこし騒ぎが大きくなると、マルガリイダの眼くばせ一つで、跛足《リンピイ》リンプが大見得を切って例外なく綺麗に取っちめていた。
 そして、明け方の五時から正午《ひる》まで――十二時になるとお婆さんが二階の戸を叩打《ナック》して男を追い出す――こうして、この空博奕《からばくち》に勝ったやつが、白熊テレサと彼女の over voluptuousness を専有し満喫するのだ。甘い物のげっぷ[#「げっぷ」に傍点]と一しょに、いつもの「ふらんす女・涙の半生」を機械的に繰り返しながら、はなし半ばに怒濤のような鼾《いびき》をかき出す可哀そうなテレサ! 何という呪われた大健康と、悲しいまでの肉体への無関心《インデファレンス》であろう!
 垂れたかあてん[#「かあてん」に傍点]から光る海風が流れこんで、リスボンは今日も輝かしいお天気だ。
 この坂の上の魔窟町《バイロ・アルト》へ最初に訪れる「ほるつがるきぬぎぬ[#「きぬぎぬ」に傍点]情緒」は、早朝から真下の裏街を流して歩く跣足《はだし》の女魚売りの呼び声である。
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あう! かしゅうれ!
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 というのは小鯛。
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サア――ルデエイニアス!
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 と聞えるのが鰯《いわし》。
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えいる・えいる!
むしりおううん
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