_の家へ。
 あとが大変なんだ。Eh,What?

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「マルガリイダ」の家の red hot stuff がテレサという仏蘭西《フランス》女であることは前にも言った。テレサは、北極熊みたいな白い大きな身体《からだ》と、いつもいま水から上ったばかりのような、濡れた感じの顔とをもっていた。その、安ホテルの二人用寝台《ダブル・ベッド》のように大々的に広漠としたところが荒っぽい船員達の好みに投じたとみえて、ばいろ・あるとのマルガリイダの家は、いつ行っても、まるであの聖《サン》ジュアン街の酒場のように、そこには、7seas からの男たちと、その留索栓《ビレイング・ピン》の打撲傷と、舵手甲板の長年月と、難航の名残りと遠い国々のにおいと、怒声と罵声と笑声とがたのしく満潮していた。バイロ・アルトは、りすぼんの街が羅馬《ローマ》の真似をして七つの丘――いまは八つにふえてるが――の上に建ってるその一つで、ちょうどテイジョ河口の三角浪が大西洋の水と争う港のうずまきを眼下に見下ろしていた。夜など、しつぷ・ちゃんの僕がすこし沖へ漕ぎ出ると、この|山の手《バイロ・アルト》――「山の手」と当て字してみたところで、いわゆる山の手のもつ閑寂な住宅地気分とは極端に縁が遠いが――にちかちか[#「ちかちか」に傍点]する devil−may−care の紅灯と、河港をへだてて、むこう側の山腹、慈悲《ピエダアレ》の村に明滅する静かな、家庭的な漁村の灯とが、高台同士で中空に一直線にむすびついて、へんに泪《なみだ》ぐましい人生的対照をつくり出していた。こんなふうに、桟橋広場の一ぽうが胸を突く急坂になって、そこを昇り詰めた一帯がバイロ・アルトの私娼区域――と言っても、定期的に非公式の健康診断があるんだから、政府の黙許を得てる半公娼と称すべきかも知れないけれど、それがひどく不徹底なものだったし、その半公娼に伍して倍数以上の私娼が混入してごっちゃ[#「ごっちゃ」に傍点]になっていたので、やはり大きな意味では、そこら全体を私娼窟と呼んでよかった。じっさい一くちにばいろあると[#「ばいろあると」に傍点]といえば、それは直ちに「坂の上の娼家横町」を語意していた――そして、そこの白っ茶けた建物の窓から、朝夕の出船入船の景色が、まるで大型活字の書物の一頁を読むように詳細に一眼だった。つまり、リスボンの出入港は、海事
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