、一度手を伸ばした。
『ガタ・エネ・セガレツ? HEY?』
 今度は煙草だ。はじめはマッチ、つぎにたばこ[#「たばこ」に傍点]と逆なところに、これも後日|追々《おいおい》判然したんだが、愛すべきリンピイの狡才があった。仕方がないし、それに僕は、すこしでも長くこいつと会話して、出来ることならその「夜のおんな舟」の秘密へ一|吋《インチ》でも近づきたかったから、さっそく「|客間の香気《パフュウム・ドュ・サロン》」のふくろを提出しながら、
『取れ。但し一本。』
『勿論《コース》!』
 と燐寸《まっち》を擦《こす》って、そこで彼は、その火の輪のむこうから僕の顔に驚いた。
『HUM! いよう! お前は毎晩ここらをうろ[#「うろ」に傍点]ついてる支那公《チンキイ》だな!』
『YA。ロン・ウウって名だ。』いいことにして僕が答えた。『お前はまた、いつも夜中におおぜい女を連れて海へ出るじゃないか。何しに行くんだ?』
『U−hum !』
 リンピイはただ頷首《うなず》いた。が、彼が、いぎりす生れの「決して帰らない迷児《まよいご》」のひとりであることは、その語調で直ぐにわかった。とにかく、ふたりの港の客人ロン・ウウとリンピイ・リンプは、こうしてそこの、波止場《カイス》の夜露と「|客間の香気《パフュウム・ドュ・サロン》」のなかではじめての握手を交したのだ。
 ぱふ・ぱふ・ぱふ――暫らく黙ってたのち、煙草のあいだからリンピイが訊いた。
『何してる今。』
『ME?』
『YEA。』
『なんにもしてない――煙草をふかしてる。』
 ぱふ・ぱふ・ぱふ―― and then,
『どこから来た。』
『ME?』
『YEA。』
『支那から。』
『英語は?』
『波止場《カイス》の英語なら、YEA。』
『GOOD! どうせお前なんかどこへ行ったっておんなじなんだろう。どうだ、俺んとこへ来て手伝《ヘルプ》しないか。』
『ME?』
『YEA。』
『何を――?』
『しっぷ・ちゃん。船上出張商人《シップ・チャンドラア》だ。知ってるだろう?』
 ぱふ・ぱふ・ばふ――何と便利に自分から持ち上りかけた大MYSTERYのふた[#「ふた」に傍点]! |眼の眩む喜望《ダズリング・ホウプ》が僕の発声機能をまごまご[#「まごまご」に傍点]させて、ちょっと口が利けない。それをリンピイはさっさ[#「さっさ」に傍点]と承諾にきめて、早速踊るよう
前へ 次へ
全40ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング