脚下灯《きゃっかとう》に立っているんだから、止《や》むを得ない。
で、女優イダルゴと彼女の若い闘牛士ホウセリトである。
このイダルゴはいまだにマドリッドの劇場にかかってるが、Hidalgo というのは Somebody's daughter. つまり「何者かの娘」、「誰か名ある人の息女」という意味で、言いかえれば「貴族の娘」という芸名だ。
或る夕方だった――それはきっと陸橋に月が懸って、住宅の根の雑草にBO・BOと驢馬《ろば》の鳴く宵だったに相違ない――ちょうどその時、マドリッドのヴィクトリア座は、イダルゴを主役とする「ヴェルサイユの王子」を出し物に大入りをとっていた。ヴェルサイユ宮殿の大奥を仕組んだもので、真暗な舞台前景の向うに女官部屋だけ明るく見せて、そこで多勢の女官が着物を着更《きか》えたりする。するとここに美貌の一王子があってその男禁制の場所へ忍びこむ。この王子を取り巻いて女官達の間に恋の鞘当《さやあて》がはじまる。と言ったような筋で、イダルゴがその美男の王子に扮して大評判だった。
その日は昼興行《マチネエ》があった。芝居はおわりに近づいて、女官部屋の場だった。満員の観
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