qがじっ[#「じっ」に傍点]と舞台に見入っている。そしてイダルゴの出を待っている。王子の扮装を済ましたイダルゴは、傍幕《わきまく》のかげに隠れていつものように登場のきっかけ[#「きっかけ」に傍点]を待っていた。
 が、このとき楽屋にはひそひそ[#「ひそひそ」に傍点]声の大相談が持ち上っていた。いま闘牛士ホウセリト―― Joselits ――が牛に突かれて致命傷を受けたという報《しら》せが這入ったのだ。これを早速イダルゴへ知らせたものかどうかと、みんな声を潜めて議論し合った。芝居が大事だから閉《は》ねるまで隠しておこうという説が多かった。しかし、支配人はイダルゴの気質を飲み込んでいた。あの、感情的なイダルゴのことだから、もしそんなことをしようものなら後のあとまでどんなに恨まれるか知れない。ことにそのためにつむじ[#「つむじ」に傍点]を曲げて、芝居を蹴飛《けと》ばすようなことがあっちゃあ大痛手だ。そこで、一座の反対を退けた支配人は、しずかに舞台の横へ出て行った。
 イダルゴの出は迫っていた。彼女は、歩行の調子をつけるためにそこらをあるき廻っていた。そこをそっ[#「そっ」に傍点]と支配人が肩
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