だ。その努力が、また私をして面《おもて》を外向《そむ》けしめる。ふだんから牛の眼はどこを見てるのか解らないもんだ。この必死の土壇場になっても、「赤い小山」は一たいどこを白眼《にら》んでるのか見当がつかない。青空と砂を同時に見てるようでもあるし、ぼんやり周囲の見物席に見入ってるようでもある。悲しい眼だ。何を考えてるのだろう? 私にはそれがわかる――一体全たいこのすべての騒ぎは何のためなんだろう? 牛は不思議そうに首を捻《ひね》っている。話で判ることなら何とか折合おうじゃないか。そうも言ってる。それに、これだけ集まってる人のなかで、こんなに降参してる俺のために、一人だって謝ってくれる者はないんだろうか――牛の眼がスタンドを見渡した。私はその眼を忘れない。
急に私は牛のために祈り出した。
私のこころはいま秘かに奇蹟をこいねがっている。
何とかしてここで、あの「赤い丘」が装甲戦車のような万能力をもって動き出し、闘牛士は勿論、観覧席へのし[#「のし」に傍点]上って全見物を片っぱしから押し潰《つぶ》して廻るような超自然事は起らないかしら――?
牛も、時として復讐することがある。
闘牛士が
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