牛姿の一瞥だけでも持たばやと檻を眼がけて犇《ひし》めくのが常例だが、じっさい町中の人が護送中の牛を途上に擁して、あの牛っ振《ぷ》りなら馬の二、三頭わけなく引き裂くだろう、ことの、これあひょっ[#「ひょっ」に傍点]とすると闘牛士も殺《や》られるかも知れない、なんかと評判とりどり、これを見落しちゃならないというんで、たちまち切符仲買所《レベンタ》へ人が押しかける。要するにこの、御大層な警備で牛を送りこむのも、一に、これほどの猛牛だというところを公示して、一種の誇張的錯覚――なるほど猛牛には相違ないが――を流布させ、それによって人気をあおろうの、ま、謂わば広告手段とも言えよう。いつかマドリッドの大通りで、この闘牛場へ運送中の牛が、とうまる[#「とうまる」に傍点]を破って大暴れに角をふるい、死傷者十数名を出したあげく、ようやく職業的闘牛士が宙を飛んで来て、街上でそれこそ真剣に渡り合い、やっ[#「やっ」に傍点]と仕止《しと》めたなんかという椿事《ちんじ》もあった――これは余談だが、さて闘牛場では、こうして運んで来た牛を、当日まで野庭《コラレ》と呼ぶ別柵内に囲っておいて市民の自由観覧に任せ、いよい
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