よ開演という四、五時間まえ、つまりその日の正午前後に、リングに隣接した Toriles という暗室へ牛を追いこむ。そして約半日|闇黒《くらやみ》に慣らしたのち、やにわに戸をあけて「運命の戦場」へ駆り立てるのだ。このとき、扉《ドア》を排すると同時に、上から釘《くぎ》でひょい[#「ひょい」に傍点]と背中を突いてやる。そうすると牛は、びっくり猛《たけ》り立って闇黒《くらやみ》を飛び出し、その飛び出したところに明光と喚声が待ちかまえているので、この俄《にわ》かの光線・色彩・群集・音響に一そう驚愕し、首に養牧者《ブリイダア》の勲章《デヴィサ》を飾ったまま、「黒い小山」のように狂いまわる。
6
その眼前に揶揄係《ヴェロニカ》の紅いきれが靡《なび》く。
興奮《エキサイト》した牛は、まずこれをめがけて全身的に挑み――牛ってやつは紅いものを見ると非常識に憤慨するくせがある――かかっている。
噴火のような唸り声だ。
観客はみんな腰を浮かして呶鳴《どな》ってる。
が、まだこの|怒らせ役《ヴェロニカ》が牛をあつかってるあいだは、実を言うとほんとの闘牛ではない。こうして好《い》い加減、牛
前へ
次へ
全67ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング