ッもいまは短い明け方の眠りを眠っている。あんまり好《い》い月夜なので、ドン・ホルヘもつい、うろ[#「うろ」に傍点]覚えの南部ヘレス産の黄葡萄酒・北部リオハ産の赤葡萄酒なんかと、むかし主馬頭夫人《モンテイロセニョラ》がやったように月を仰いで低唱《ハム》しようとしたところが、やっぱりいけない。窓の真下からSI・SI・SIとはっきり[#「はっきり」に傍点]恋の迷魂らしいささやきが揺れ上ってくるのだ。
 ドン・ホルヘの私は、眼をこすって窓の下の月光を透かし見た。
 家の根元に、何だか黒い物が魔誤々々《まごまご》している。


     2

 とこう言うと、さしずめこのあとは、「マドリッドの旧家に泊って経験した恐怖の一夜」といったふうな西班牙《スペイン》種の怪談でも出て来なけりゃならないようだが、なに、そんなんじゃない。
 私の寓居にペトラという若い娘がいる。
 いやに話が飛ぶようだけれど、飛ぶ必要があるんだから仕方がない。
 で、私の家のペトラは若い娘だった。
 西班牙《スペイン》の若い娘はすべてその近隣《ネイバフッド》の甘味《スウイティ》である。だから、ペトラもこの公約により主馬頭街《カイ
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