ィのようなイベリヤ半島の烈日に熔《と》けて爆発している――AA! 闘牛日のMADRID!
欧羅巴《ヨーロッパ》はピラネエ山脈に終り、あふりかはピラネエ山脈にはじまることの、西班牙《スペイン》は「白い大陸」と、「黒い大陸」の鎖だことの、やれ、ムウア人の黒い皮袋へ盛られた白葡萄酒の甘美《うま》さよ! だの、そうかと思うと、西の土に落ちて育って花が咲いて果《み》を結んだ東の種だことのと、古来いろんな人に色んなことを言われて来ているこのESPANA――黒髪の女と橄欖《オリーブ》色の皮肌《ひふ》、翻える視線と棕櫚《しゅろ》の並木、あらびや風の刳門《アウチ》と白壁の列、ゆるく起伏する赤石の鋪道と、いま市民のひとりのようにその上を闊歩してるセニョオル・ドン・ホルヘ・タニイ――べら棒に長ったらしいが、私だって、西班牙《スペイン》へ来れば、George がホルヘ[#「ホルヘ」に傍点]と読まれてそのうえに Senor Don の敬称ぐらい附こうというものだ――そこでその、ドン・ホルヘの聴覚へ晩秋の熱風は先刻の「海賊の唄《コルサリアス》」を送りこみ、風にSI・SIとしきりに hissing sounds ――すぺいんの人はYESというところを「スィ!」と歯の隙間《すきま》から、不可思議《ミステリアス》な息を押し出す――が罩《こ》もり、その呼吸に「カナリヤの労働」――きな臭い煙草――の名の香《かおり》が絡み、散乱する長調の音譜と、澎湃《ほうはい》たるこの雑色の動揺と、灼輝《しゃっき》する通行人の顔と動物的な興奮。それらの陰影がくっきりと濃く地に倒れて、上には、銅の鍋を低くぶら下げたような、いやにきらめく南国午後の太陽と、O! 何と思い切った紫外線の大氾濫!
そして、この西班牙《スペイン》的な群集・西班牙的な乗物・西班牙的な騒音!――それがどうだ! 今や犇《ひし》と町の一方をさして渦まいて往く。闘牛場へ!
AH! SI! SI!
すぺいん・マドリイは、この瞬間、「血の祭典」を期待して爪立ちしている。深紅の国民的行事のうちに、誰もかれもが完全に「|頭を失く《ルウズ・ワンス・ヘッド》」しているのだ、今日は。
プラサ・デ・トウロスに、午後四時から今年の季節中《テンポラダ》でも指折りの闘牛があるのだ。
だから、この流れる群集・游《およ》ぐ乗物・踊る騒音の一大市民行列――人呼んでマドリッド名物「闘牛行《アウロス・トウロス》」と言う――が Calle de Alcala の町幅を埋《うず》めて、その絵画的な色彩、南国的な集団精神、これほど「失われたる前世紀の挿絵をいまに見せる」お祭り情緒はまたとあるまい。市に地下鉄が出来てから、この「闘牛場へいそぐ人の河」なる古儀に幾分気分を殺《そ》ぐものがあるとは言え、それでもまだ、この日、支那青《チャイナ・ブルウ》の空に火のかたまりの太陽が燃える限り、そしてすぺいん[#「すぺいん」に傍点]に闘牛という「聖なる殺戮《さつりく》」があとを絶たないあいだ、|過ぎし日《バイ・ゴン・デイス》を盲愛するこの国の人々は、銘々がめいめいの魂の全部をあげて、昔からその闘牛の序曲のように習慣づけられているこの市民的古式の行列「闘牛行《アウロス・トウロス》」に、それぞれ派手な役目を持とうとするであろう。
闘牛行《アウロス・トウロス》は、闘牛のある日、市の中央の広場「|太陽の門《ポエルタ・デル・ソル》」から闘牛場《ア・ラ・プラサ》へいたる途中、アルカラの町筋に切れ目もなくつづく見物人の行列のことを修辞化したもので、郷土的な、そして歴史的に有名な、西班牙《スペイン》街上風物詩の第一頁だ。
午後二時から四時まで、マドリッドを貫くアルカラ街は、闘牛場《ア・ラ・プラサ》へ近づくにつれ、闘牛へ殺倒する人と車馬のほかは交通を禁止される。この老若男女のすぺいん人の浪、亡国調を帯びたその大声の発音、日光のにおいと眠たげに汚れた白石建造物の反射、長く引っ張って押しつぶすような、あの歩きながら「海賊曲《コルサリアス》」を繰り返しつづける激情的な唄声――。
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モロッコの陣地で
或る西班牙《スペイン》兵のうたえる。
南へレス産の黄葡萄酒!
北リオハ産の赤葡萄酒!
この赤とこの黄と――。
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陽光に酔った大学生の群が、肩に手をかけ合って今日の闘牛行《アウロス・トウロス》に加わっているのだ。
低い太陽の真下に、アルカラの焼け石道を踏んでぎっしり詰めかけてゆく真摯《しんし》な闘牛行《アウロス・トウロス》の人々!
銀行員はペンを捨て、鍛冶屋《かじや》は槌《つち》をおき、八百屋の小僧は驢馬《ろば》をつなぎ、政治家と軍人は盛装し、女房と娘は「牛の光栄」のため古めかしくいでたって、みんなが同じ赤と黄の華やかさにはしゃぎ[#
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