踊る地平線
血と砂の接吻
谷譲次
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)職烈《しれつ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)いすばにあ人|屠牛之古図《とぎゅうのこず》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ぷくぷく[#「ぷくぷく」に傍点]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)扇子と 〔Manto'n de Manila〕 と
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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1
燃え立つ太陽・燃え立つ植物・燃え立つ眼・燃え立つ呼吸――何もかもが燃え立っているTHIS VERY SPAIN!
そして、この闘牛場。
AH! SI!
何という職烈《しれつ》・何という強調楽・何という極彩色! ふたたび、何という炸裂的な「いすばにあ人|屠牛之古図《とぎゅうのこず》」! それがいま、私の全視野に跳躍しているのだ!
燃える流血・燃える発汗・燃える頬・燃える旗――わあっ! 血だ、血だ! ぷくぷく[#「ぷくぷく」に傍点]と黒い血が沸《わ》いたよ牛の血が! 血は、見るみる砂に吸われて、苦悶の極、虎視眈々《こしたんたん》と一時静止した牛が、悲鳴し怒号し哀泣し――が、許されっこない。もうここまで来たらお前が死なない以上納まりが付かないんだから、おい牛公! そんな情ない眼をせずに諦めて死んでくれ。そら! また、闘牛士が近づいた。今度こそは殺《や》られるだろう――ひっそりと落ちる闘牛場の寂寞――。
やあっ! 何だいあれあ?
棒立ちになった馬、闘牛士の乗馬が盛んに赤い紐《ひも》を引きずり出したぞ。ぬらぬら陽に光ってる。
EH? 何だって? 馬が腹をやられた? 角《つの》にかかって?――あ! そうだ、数条のはらわた[#「はらわた」に傍点]がぶら下って地に這って、砂に塗《まみ》れて、馬脚に絡《から》んで、馬は、邪魔になるもんだから、蹴散《けち》らかそうと懸命に舞踏している!
それを牛が、すこし離れてじいっ[#「じいっ」に傍点]と白眼《にら》んでる――何だ、同じ動物のくせに人間とぐるになって!――というように。
総立ちだ!
歓声、灼熱、陽炎《かげろう》、蒼穹《そうきゅう》。
血と砂と音と色との一大交響楽。
獣類と人の、生死を賭した決闘。
上から太陽が審判している。
その太陽が、このすぺいん国マドリッド市の闘牛場《ア・ラ・プラサ》に充満する大観衆の一隅に、今かくいう私――ジョウジ・タニイ――を発見しているんだが――この真赤な刺激は、とうとう私に、人道的にそして本能的に眼を覆《おお》わせるに充分だった。
が、いくら私が眼をつぶったって、事実と光景はこのとおり活如として私の四囲に進展しつつある。
だから、どうせのことなら私も、このペン先に牛の血をつけて、出来るだけ忠実に写生し、織り交ぜ、「あらぶ・すぺいん」風の盛大な絵壁掛けを一つ作り上げてみたい。
To begin with ―― of all the exoticism, gimme Olde Spain!
で、これから闘牛場へ出かけようとして、いま現実にマドリッドの往来に立っている私――THERE! ここから着手しよう。
西班牙《スペイン》では、私も意気な西班牙人《スパニヤアド》だ。放浪者の特権。小黒帽《ボイナ》をかぶってCAPAを翻《ひるがえ》してるDONホルヘ――私――の上に太陽が焼け、下には赤い敷石が焼けて、私の感覚も、「すぺいん」を吸収して今にも引火しそうだ。
太陽・紺碧――闘牛日!
歌って来る一団の青年。
声が街上の私を包囲する。
[#ここから2字下げ]
亜弗利加《アフリカ》の陣営で
ある西班牙《スペイン》兵士の唄える――。
南方へレス産の黄|葡萄酒《ぶどうしゅ》、
北方リオハ産の赤葡萄酒。
この赤とこの黄と。
われらが祖国いすぱにあの国旗!
[#ここで字下げ終わり]
――なんかと、国旗の色をぶどう[#「ぶどう」に傍点]酒で識別して悦《よろこ》んでる。が、じつを言うと、西班牙《スペイン》の国旗は、鮮血を流して黄金を取りに行くという世にも正直な、そしてすぺいんらしい物騒な欲望を寓意して、そこで、赤と黄から出来上ってるのだ。しかし、それはそれとして、その赤葡萄酒と黄葡萄酒、鮮血と黄金の無数の旗が、きょう同国首府マドリッドの大通りにやたらにひらひら[#「ひらひら」に傍点]して、こうしてそこのアルカラ大街の雑沓に紛れ込んでるドン・ホルヘ―― Don George ――の耳に、「海賊の唄《コルサリアス》」と題するくだん[#「くだん」に傍点]のモロッコ従軍歌が、いま糖
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